鹿児島県の山 No. 36 御在所岳
この記事は、2014/02/01(土)に志布志の御在所岳(ございしょだけ)にチャリ登山に行った際の記事になります。
牧之原から岩川過ぎまでは、割とまっすぐな道が多い基本下り基調の 63号線をひた走る。
左右には田園風景が多く、また標高としては小高いところなので、遠くの山々の眺めもあって、そう飽きることはない。
牧草を作っている畑が多かったように思う。
鹿屋から都城へと繋がっている 269号線の高架下から、弥五郎どんを撮ってみたけど、逆光で見えないし、、、
岩川を過ぎて 110号線へと左折し、松山に向かう。
63号線はペースが上がって、平均速度を稼げまる区間でした。
途中にあった牧場。
大きなきと牧草畑が印象的だったのでパチリ。
しばし牛の動きを眺める、、、
松山に到着。
写真は松山支所手前にある橋から撮影。
ここはお仕事で幾度か来たことのある場所で、きれいな川が流れています。
ついに見えました!
松山ICから見た御在所岳。
中央にツンとある山が、今から登る山。
ここから登山口まで、あと 10キロくらいの距離。
110号線が左に折れる箇所があり、そこから畑が続いています。
農作業中のおじさん、おばさんに、あの山が御在所岳であることを確認。
姿かたちが良く見えてきました。
手前の右側から尾根を伝って山頂まで行く登山ルートになっています。
この後、林道をクネクネ曲がりながら降りていくと、65号線に突き当たる。
左手が登山口へ、右手が帰路の志布志への道だ。
この橋の川もなかなか良い。
左手に 65号線を登っていくと、1キロ弱で右手に田之浦小学校通用門の看板が。
この坂を 180度 Uターンして田之浦小学校へ向かう。
すぐに田之浦小学校正門に到着。
ふむふむ、なるほどなるほど、、、
この先に、これと同じ案内板があり、そこを左に少し登ると、広~い駐車場が。
他所のブログでは廃屋となっている田之浦生活改善センター裏に登山道がある。
との記載を良く見かけるが、どうやらここにあったものが取り壊されたらしい。
左手に見える支柱が、御在所岳登山道入口の案内板。
道なりに林道を歩いていくと、向こうから軽四駆で来た地元のおっちゃんらしき方に声をかけられる。
おっちゃん:「山に登っとな?どっかあ来たな?」
わたし:「鹿児島から来ました」
おっちゃん:「え~~~、こん山は色々いわれがあっでな~」
「大学生な?」
わたし:「いやいや、もう五十です」
おっちゃん:「頑張ってな~」
と言った会話を楽しむ。
いくら幼く見えるとはいえ、さすがに大学生はなかろう(笑
たぶん、目が余りお見えにならなかったのだろう(ということにしておこう
ほどなく歩くと、左手に登って行く少し細目の道筋が。
ここから御在所岳に登れる。
お間違えのないように、、、
ちょうど、中学生 3人組と先生と思われる若い方が降りてきた。
わたし:「どのくらいで登られましたか?」
先生:「2時間です」
生徒:「意外ときつかった」
ふむふむ、中学生の足で 2時間との情報を得る。
最初は小さな山の右斜面を山を取り巻くように登っていく。
すると落ち葉が敷き詰められた山の尾根になり、そこから頂上まで尾根伝いに登っていく。
大きな岩のあるところに第一展望所がある。
右手の見晴らしが良い。
ここから高千穂方面も望むことができる。
左右に山が傾斜して尾根であることがはっきりと分かる。
左手側は残念ながら木々に隠れて、見晴らしははっきりとしない。
それでも木々の合間から、志布志湾を確認できた。
亀さん登場!
後ろからパチリ。
前から、、、
これが頭の部分。
大きくてうまくい具合に自然石が亀のかたちに配置されています。
この石は、地元では亀石と呼ばれ大切に保存しています。
この山、意外に難所がありますよ。
亀さんに見習って、マイペースで登りましょう。
というようなことが書いてある。
気持ちがほんわかとなる。
第二展望所に到着。
ここには展望石はなく、若干展望も木々に隠れていた。
腰掛けが用意された展望の良いところがあった。
ここにある御在所岳と天智天皇伝説のお話がおもしろい。
勝手気ままに要約すると、、、
むかしむかし、(女性が大好きだった)天智天皇は宮中で天皇にお使えする(選りすぐりの)美女を、全国各地より呼び寄せました。
(さすが天皇、やることのスケールがちがう)
その中でも薩摩の頴娃開聞の里の娘(玉依姫)が大のお気に入りでした。
(最古の美人コンテスト優勝者は鹿児島県出身だったのね)
ある日、雪合戦をしていた玉依姫は転んでしまい、着物がはだけて腿が(ちらりと)見えてしまい、大変に恥ずかしい思いをしました。
美しく玉依姫の足は鹿の足に似ていたそうです。
(鹿のような足はちょっとね、ご遠慮したい)
恥ずかしさのあまり、天皇に許しを乞い、頴娃開聞の里に帰ってしまいました。
天智天皇は玉依姫のことが忘れられず、かといって直接頴娃開聞の里に会いに行くことは、(世間体もあり)はばかられるため、お忍びでここ志布志の地に船を出しました。
地元のものに、頴娃開聞の里が見えるところはござらぬか?と問うと、この山御在所岳から望むことができると聞き、山頂付近に宮居を建て、頴娃開聞の里を望み、玉依姫のことを思い忍びながら、しばらく住まわれました。
(いや~、ここまでするとは本当に玉依姫のことが好きだったんだ。
会いに行けばいいのに、、、)
また、そんな(意気消沈中の)天智天皇を慰めようと、この土地の者の妻は天皇に着物を献上し、その妻の優しさに見習ったその家の下女も、天皇に着物を献上しました。
天皇は「身分の上下にかかわりなく同じ志の布をありがとう」といたく感激され、この地を志布志と名付けました。
という、壮大なストーリーが書かれています。
しばらく登るとその宮居跡に到着。
登山道を右手に少し折れ、また登山道に戻る宮居跡経由の道がある。
大隅にいくつか存在している山宮神社発祥の地?
天智天皇とその子大友皇子を祀った山宮神社は、ここ御在所岳山頂にあり、和銅2年(709年)に、この山裾にある田之浦山宮神社に移り、その約100年後に志布志安楽の安楽山宮神社へと移ったとある。
今年の正月は安楽山宮神社にお参りしたが、これで元祖山宮神社もお参りできたことになる(嬉
ここは一軒家を建てられるくらい広くなっている。
左手の方に行くともとの登山道にすぐに合流するのだが、右手奥にもロープが張られて普通に行ける道がある。
私はこれも山頂に通じる道と思い行ってみた。
すると、結構厳しい下りが、、、
なぜ下る?
木のない山の斜面が見える。
ここはなに?
大きな岩を取り巻くように回ると、足場の悪い登りになり、、、
こりゃ、ご家族連れには厳しいぞ~、と思いながら登ると、、、
綺麗な赤い実のなる木のところに、、、
って、これさっき見たんだけど、、、
はい、もとの宮居跡に戻ってきてしまったのです。
ぐるっと回ってにゃんこの目
ぐるっと回ってにゃんこの目
思わず口ずさみそうになった。
GARMINで見てみると、青く丸で囲んだところを歩いている。
丸の下が宮居跡で一番上が山頂付近。
どこかに通じるようなコースではなかったように思うが、ここは一体なんなのだろうか?
もとのルートに復帰して、しばらく登ると、山頂まであと 5分とあった。
山頂手前にちょっと急坂があって、まもなく山頂に到着です。
この先にも登山道が続いていた。
山頂は展望がないが、そのちょっと手前に見晴らしの良いところがある。
そこから撮った風景(またもや手袋が、、、
ちょうどお昼に良い感じの時間。
本日のレシピは、サンドイッチ。
急いで作ってきて、しかも入れ物なかったので、こんな感じに(汗
ご馳走様でした。
感謝!
今回は普通に登って、登りが 1時間35分。
降りはちょっと駆けて、45分くらい。
早速身支度をして岐路に着き、鹿屋に到着したのも予定の 1時間前。
珍しく予定どおりのスケジュールでした。
翌日の鹿児島への帰路は前回垂水フェリーになってしまったので、桜島フェリーで。
なかなか楽しめたサイクリングコースと登山でした!

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